書評 Traditional African... arab-music.com
松田嘉子のエッセー No.10

書評  -  Otto Karolyi著 "Traditional African and Oriental Music" (1998 Penguin Books)

 本書は、西洋人向けに書かれた非西洋音楽の入門書である。
 著者はパリ生まれのハンガリー人で、幼年時代をパリで過ごした後ブダペストに帰ったが、1956年の革命で英国へ逃れる。ブダペスト、ウィーン、ロンドンで音楽を修めた。音楽教育者としての経験が長く、現在はスコットランドに住み、大学で音楽のみならず文学や美術も講じる講師である。この本以外に、音楽一般や現代音楽について、数冊の入門書を出版している。

 本書の構成は、第一章「アフリカ音楽」、第二章「イスラムと音楽」、第三章「インド亜大陸」、第四章「中国とチベット」、第五章「極東」(日本とインドネシア)の五つに分かれていて、各地域の音楽の基本的な原理や特質を述べている。ちなみに第二章は明らかにアラブ音楽中心の章だが、なぜタイトルを地域名で「中東と北アフリカ」などとしないのだろうか。イスラム教との関係は、この地域の音楽体系の一側面にすぎない。

 各章にはそれぞれ「概観」、「リズム」、「メロディ」、「和声」、「楽器」などの主要項目が立てられている。こうして各章に同一の項目をもうけることにより、読者はこれらの音楽を簡単に比較対照できる、としている。

 「概観」は各章ともよくまとまっていて解りやすいし、興味を引くものとなっている。それぞれの歴史や宗教、思想、音楽の持つ社会的側面など、とても面白く読んだ。ただし、アラブ音楽の歴史に関しては、イブラヒム・アル・マウスィリーをイブラヒム・イブン・アル・マハディと取り違えるなど、いくつかの不正確な記述があった。

 一方音楽の中身となると、疑問を感じるものがある。第二章の「メロディ」で著者は、複雑なマカーム(旋法)体系について触れ、一例として西洋でもなじみの深いヒジャーズ旋法を紹介している。しかし、まず基本的な音階の表示が不正確であり、その構成要素の説明も、旋法理論からではなく、和声学的見地からアプローチしているために、要領を得ない的外れなものとなっている。

 各章を通じての共通項目というのは、たしかに合理的な構成だが、しかしそこに、「和声」という項目をあえてもうける必要があるだろうか。西洋音楽以外は、ほとんどが和声音楽ではなく旋法音楽だというのに。現に各章で「ここには和声が見られない」とある。そんなことを書くくらいなら、世界の中では和声音楽の方が特殊な存在であることを、先に述べた方が早いだろう。

 また残念なのは、各章の「楽器」の項目が、かなりずさんであること。音楽学者ザックスとホルンボステルによる分類にしたがって楽器を列挙しているが、名称、形状、奏法など、どれをとっても抽象的で、固有の楽器の説明にまで至っていない。またそれらの楽器がどんな国のどんなジャンルで使われるのか、アンサンブルの形態は、などといった「音楽」の具体的なことはあまりわからない。楽器の図版は極端に単純化されたイラストで、なかには極めて不正確なものもある。楽器の特色どころか、名前すらもはっきり特定できないようになっている。

 ときに記述内容のバランスに問題を感じるところもあった。たとえば日本の「体鳴楽器」(たたいて音が出るもの)のグループに、扇子や寺の釣鐘、木魚などをあげることに、どれだけの意味があるのだろうか。ジャンルを代表する優先順位という観点が全くない。楽器に限らず、特殊に見えるものほどピックアップするという傾向が全体に見られる。

 つぎに、著者は頻繁に現地の言葉をあげているのだが、その表記に誤りが多い。日本語やアラビア語など、ざっと見ただけで十数箇所ある。他の言語についてはわからないが、この割合からすると他の音楽圏における記述も疑わしくなってくる。

 「基礎的な理解」が目的で、けっして詳細には立ち入らない、というのが本書の建前である。しかし、それぞれの伝統音楽の高度に洗練された側面には触れられないまま、西洋音楽との比較が強調されると、非西洋圏の音楽全体が、もっぱらプリミティブなものに感じられてしまうのだ。著者は、序文でE・サイードの名前を挙げながら自分の視点がはらむ危険性に言及したにもかかわらず、やはりそれを免れたとは言い難い。

 問題点を中心に述べたが、著者の得意とする文化芸術を統合した総合的書物として、充実した内容となっている。言語や美術を取り扱った書物のように、世界の音楽の紹介書は常に歓迎すべきだ。入門書として十分な魅力を持っているのは確かである。

學鐙表紙 1999年4月・丸善発行《學鐙》第96巻第4号に掲載したものを転載しました。


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