THE CHARM OF THE 'UD アラブ音楽
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ウードの魅力 - ソロ・アデル・サラマー ライナーノート


ウードはアラブのフレットレス・リュート。ウードの魅力、とりわけ独奏楽器としてのウードの魅力は、20世紀になって大きく拡張された。イスタンブール生まれで、今世紀前半イスタンブールとバグタッドで活躍したウード奏者シェリフ・モヒエッディンは、この変革の歴史にもっとも重要な役割を果たした一人である。その華麗なテクニックを評するにパガニーニの名がよく用いられた。

タクスィームは数々のマカーム(旋法・モードのこと)の特徴を生かしたアラブ音楽の即興演奏。他の楽器同様、ウードの本質をタクスィーム抜きで語ることは不可能である。もともとは楽曲の前に試し弾きとして、その曲のマカームの代表的なメロディ・タイプと雰囲気を提示するものだったが、しだいに一つの独立した器楽形式として扱われるようになった。他の楽器奏者のトニックによる持続音の伴奏付きか、または無伴奏で演奏される。またリズム伴奏の上で行うこともある。

アラブ音楽における今世紀前半のエジプト・カイロ黄金時代に、ウードはタクスィームにおいて、マカームと韻律を明解に提示する規範の楽器として存在した。エジプト楽派にとっての賞賛は、おもにアラブ音楽の伝統的美意識(これをタラブという)と、マカームの理解度または語法の明晰さに注がれる。彼らの独奏はおもに歌曲の前や、組曲の一部に組み込まれ、そのスタイルは簡潔である。そして、アラブ器楽音楽の根本は、歌唱の模倣である。彼らは伝統にのっとり「歌うように」演奏する。一定の音量で、はっきりと韻を踏むようなプレクトル(撥)使い。モードに対する造詣を示すため、スムーズで洒脱な転調を多くする。

それに対してバグダッドでは、シェリフ・モヒエッディンに師事したウード奏者が続々と輩出し、今世紀半ばから後半にかけて、無伴奏のタクスィームを中心とした、独自の芸術を発展させた。今日イラキ・スタイルと呼ばれる。より器楽的なテクニックが追及され、演奏時間は長くなり、一つのモードにたっぷり留まり、ダイナミック・レンジは大幅に拡張され、調弦は高くなり、重厚かつ瞑想的とも言える音響空間が演出された。ここにおいて、ウードの独奏楽器としての地位がゆるぎないものとなった。

シェリフ・モヒエッディンの流れを汲み、イラキ・スタイルの先端に身をおくアデル・サラマーは1966年、パレスティナのナブルスに生まれる。独学でウードを修得した後、バグダッドのムターズ・ムハンマド・バヤティ教授に師事。現在はイギリスのブリストルを拠点として(1996年当時。現在はフランスのリヨン)、ソロ・コンサートを中心にワールドワイドに精力的な演奏活動を行なっている。
イラキ・スタイルから歩き始めた彼は、その後、インド音楽を始めとする、他のジャンルのミュージシャンと共演コンサートやレコーディングを行う。そしてそこで得た幅広い価値観を、自らのパフォーマンスに積極的に投影している。伝統を重んじる精神と、新しい価値を受け入れる開かれた精神が、彼の中では無理なく調和している。

タクスィーム・バヤティはバヤティ旋法によるタクスィーム。
バヤティ《Re-Mi-Fa-Sol-La-Si(Sib)-Do-Re》は微分音程を含む、アラブ音楽の代表的なマカームの一つ。ここでは終わりに軽快なテスリム(ルフラン)が付加される。

タクスィーム・アジャムにおけるマカーム・アジャム(ここではDo調、正調はSib)《Do-Re-Mi-Fa-Sol-La-Si-Do》は西洋音楽の長調と比較できる。ここでも最後にゆったりとした、やや西洋的な香りを持ったテスリムが登場する。

サマイ・ナハワンドはトルコの代表的音楽家マスウード・ジャミル(1902-1963)の作曲で、最もよく知られた古典器楽曲の一つである。サマイはトルコ生まれの楽曲形式。4つのハーナ(楽章)と一つのテスリムを持ち、リズムは10拍子。第4ハーナのみは通常2拍子や3拍子などのリズムが用いられるが、ここでは7拍子。マカーム・ナハワンド《Do-Re-Mib-Fa-Sol-Lab-Si(Sib)-Do》は西洋音楽の短調と比較できる。

そしてタクスィーム・ナハワンドはマカーム・ナハワンドによるタクスィーム。ただし、ここではナハワンドの関係調でもあるバヤティ・ナワ(Sol調のバヤティ)から入って最終的にナハワンドに帰着する。

さらにムスィカ・ナハワンド(アデル・サラマー作曲)に橋渡しされる。これは今回のための書き下ろし作品である。ムスィカは軽快な2拍子系の比較的自由な形式。ここではさらにリズムにも即興的、実験的試みがなされている。中間部で登場するマカーム・アジャムはアデルの尊敬するシェリフ・モヒエッディンを想起させる。

最後は荘厳で瞑想的なタクスィーム・シュダラバン。マカーム・シュダラバン《Sol-Lab-Si-Do-Re-Mib-Fa#-Sol》はトルコ生まれのマカームの一つ。アデルはここでトニックへの回帰を延々と繰り返しながら、メタ音楽的とも言える想念世界を醸し出している。(竹間ジュン/松田嘉子)



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