アラブ音楽ってなに? arab-music.com
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このコーナーは後半が執筆中で、順次アップデートします。またアラブ音楽のことを本でお知りになりたい方は、こちらへどうぞ。




古典音楽とポピュラー音楽
古典音楽の概観
オリエンタル音楽
チュニジア音楽概観
チュニジア音楽とズィリヤーブ
チュニジア音楽のヌーバとムワッシャハ
チュニジア音楽のスタイル
チュニジア音楽の作曲家
地理的概観ノート
歴史的概観ノート・起源
歴史的概観ノート・宮廷を中心とした芸術音楽の発達
歴史的概観ノート・現代における大衆化



【古典音楽とポピュラー音楽】

 アラブ音楽とひとくちに言っても、そのジャンルは、古典音楽(クラシック)、伝統音楽(トラディショナル)などと呼ばれる、いわゆる芸術音楽から、民謡(フォルクロール)、歌謡曲(ポピュラー)、ダンス音楽などまで多岐にわたり、それぞれのジャンルが国、民族、地域により異なった展開を見せてます。ただし、それらの音楽の基礎となる旋法やリズムの理論は大まかには共通しており、古典音楽では理論を追及、洗練させました。
 そこで、ここでは便宜上アラブ古典音楽のことを単に「アラブ音楽」と呼び、もっぱらこれについて解説します。なお、フォルクロールやポピュラー音楽は、今後別の機会に取り上げてみたいと思っております。




【古典音楽の概観】

 アラブ古典音楽は、古代ギリシャの音楽理論と古代ペルシャ音楽の楽器から多大な影響を受けたと言われています。アッバース朝時代には一大黄金期があったことが、歴史的書物から知られています。ただし私たちが今日聴くことのできる音楽の大半は、オスマン・トルコ時代のものです。オスマン帝国がアラブ圏に版図を広げてからは、その宮廷がアラブの古典音楽を取り込み、発展させました。トルコ人やアルメニア人、ギリシャ人などの優れた作曲家、演奏家たちを輩出し、前世紀まで古典楽曲の多くが口伝で継承されました。
 領域も広範です。四分の一音やさらに微細な音程の使い分けが存在し、似通った旋法や楽器を用いる共通の音楽圏は、西は北アフリカから東はトルコやその近隣諸国にまで広がり、ひとつの大きな体系をなすことから、ヨーロッパ(西洋の)音楽に対して、オリエンタル(東洋の)音楽と呼ぶこともあります。



【オリエンタル音楽】

 アラブ人、なかでもチュニジア人などマグリブの人が「オリエンタル音楽」(アラビア語ではムスィーカ・シャルキーヤ、すなわち東の音楽)と言う時、それはもっと限定された意味で使っていることが多いので、注意しておく必要があります。

 それは、アラブ音楽のうちでも東方の音楽という意味で、アラブ圏の西(マグリブ)と区別して、地中海の東(マシュリク)の音楽伝統を指します。そのオリエンタル音楽の中心地は、カイロ、バグダッド、イスタンブールなどの大都市です。

オリエンタル音楽の中心地、カイロ、バグダッド、イスタンブールなどの大都市には音楽家も多く集まり、宮廷の庇護のもとに盛んな音楽シーンが展開しました。そのように広い地域で長い歴史を経ることによって、洗練された都会の音楽という一種の普遍性を持つに至ったのです。とくに20世紀に黄金時代を迎えたのはカイロにおけるエジプト楽派です。チュニジアにおいてもその影響から、オリエンタル音楽と言うと、エジプト音楽もしくはエジプト経由のアラブ・トルコ音楽を指す場合が多いです。また、16世紀後期からの長期にわたるオスマン・トルコの支配の結果、チュニジアにおけるトルコ文化の影響は測り知れないものがあり、音楽も例外ではありません。チュニジアのマカームにはトルコ起源のものが数多く存在し、リズム体系においても同様です。



【チュニジア音楽】

■概観

 チュニジアには、モロッコ、アルジェリアなどと共通する、アラブ・アンダルシア音楽の流れがあります。チュニジアの古都ケルアン(カイラワーン)は北アフリカのイスラム教の古都として発展し、8世紀末にはバグダッドと並ぶ文化・芸術の中心地でした。9世紀、その抜きん出た才能ゆえに師に妬まれ、バグダッドを追われた音楽家ズィリヤーブも、コルドヴァに落ち着く前に、ケルアンに立ち寄り、長く滞在したといいます。


■チュニジア音楽とズィリヤーブ

 ズィリヤーブはアンダルシアで一大楽派を生んだが、音楽のみならず、文学、美術、料理、服飾、とあらゆる分野の流行を創り出しました。東西のアラブ人たちが集まり、アンダルシアには絢爛豪華な文化が開花しました。その洗練された文化はヨーロッパにも多く伝わったのです。13世紀から15世紀にかけて、イスラム教徒がキリスト教徒に追われてアンダルシアを逃れ、成熟した音楽形式や表現は、フェス、トレムセン、コンスタンティーヌ、チュニスなどに持ち帰られ、それぞれの都市で違った発展を遂げました。


■ヌーバとムワッシャハ

 アンダルシア音楽の伝統から生まれたものに、ヌーバ(ナウバ)やムワッシャハがあります。ヌーバとは、同一のマカームに基づいて、5つまでの違ったリズムのもとで、歌(合唱や独唱)や器楽曲、また単独楽器の即興演奏などを組み合わせて作る組曲形式です。チュニジアには古典的なヌーバが13と、20世紀に入って作られたものが3つあります。ムワッシャハは古典歌曲で、詞は文学的なアラビア語です。のちにマシュリクに伝わり、エジプトでも盛んに歌われることになりました。


■スタイル

 したがって現代のチュニジアの芸術音楽には、エジプトやトルコを中心とするオリエンタル音楽の伝統と、アラブ・アンダルシア音楽の伝統、その両方の伝統が生きていると言えるでしょう。またベドウィンの音楽からの影響もあります。そして各芸術家におけるそれらの伝統の体現の仕方は様々であり、その結果として、ときには互いに対立する楽派を生むこともあります。あるいは、一人の音楽家の中に、両者がうまく共存していることもあります。また、オリエンタル音楽のうちでも、近年は若い人を中心に新しいイラク・スタイルを好む傾向が出てきました。ウードの独奏にその影響が著しいと言えます。


■作曲家

 チュニジアの代表的な作曲家には、アフマッド・アル・ワフィ(1850-1921)やケマイエス・テルナン(1984-1964)がいます。ケマイエス・テルナンを中心として1934年には、チュニスにアラブ音楽研究機関「ラシディーヤ」が設立され、現在でも音楽教育や演奏活動を続けています。存命中の作曲家のうち、多大な業績を残しているのは、ムハンマド・トゥリーキー(1900-1998)とサラーフ・アル・マハディ(1925-)です。ムハンマド・トゥリーキーは才気溢れる曲風で、数多くの古典楽曲の名曲を残しました。ベドウィンの音楽にインスピレーションを受けて作曲した、愛らしい小曲も多くあります。サラーフ・アル・マハディは、アラブ音楽に関する書物を多数著し、「チュニジア音楽の遺産」全9巻を集大成するなど、精力的な研究活動で国際的にもよく知られています。



エッセー集の
チュニジア音楽も併せてお読み下さい。


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【地理的概観ノート】

■中東, 北アフリカ, ヨーロッパの一部, トルコとその周辺地域

エジプト, イラク, シリア, レバノン, ヨルダン, チュニジア, アルジェリア, モロッコ, トルコ, アルメニア, アゼルバイジャン, アフガニスタン, etc.

都市を中心に広範囲, 多岐にわたる

カイロ, バグダッド, アレッポ, ダマスカス, ベイルート, イスタンブール, チュニス, トレムセン, フェス, コルドヴァ, etc.

体系としての共通性と個別性--エジプト楽派, イラク楽派, トルコ楽派, マグリブ
楽器, 調弦, 音程の取り方, スタイル, 奏法の差異




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【歴史的概観ノート】

■起源

アラブ人(アラビア半島を中心とする)--古代より、芸術を愛する民族であった

メッカ---商業都市として発達
20世紀以上も前に、メッカにおいて毎年詩のコンテストが開かれ、優秀者の作品はカアバ神殿に掲げられていた。
交易路を中心に隊商(冬はイエメン方面へ、夏はシリアへ)の歌"フダー"(らくだの歩調を整え、その疲れを癒す)が発達

6c.カアバ神殿の修復---ペルシャの音楽や楽器が流入, "カスィーダ"
7c.(610頃) イスラーム興る(一神教へ)
ムハンマド(570-632頃) 自身は音楽を否定していない. コーランの朗誦
ヒジュラ(遷都)622(メッカからメディナへ)
メディナ楽派--ハッサン・イブン・ターべト,ナシート・アル・ファリースィー(ペルシャ人), フネイン,ターウィス, etc.



目下執筆中です。


■宮廷を中心とした芸術音楽の発達

ウマイヤ朝(ダマスクス661-750)成立以後、アラブの版図拡大
  中央アジア〜北アフリカ, イベリア半島
イブン・ミスジャ(-715), イブン・スライジュ(-725), etc.
アッバース朝(バグダッド750-1258)---アラブ音楽の最盛期
哲学者アル・キンディを中心として、音楽理論も発達する
イブラヒーム・アル・マウスィリー , イスハーク・アル・マウスィリー, ズィリヤーブ(-860頃), etc.
ズィリヤーブ事件
  イスラム時代のアル・アンダルス(756-1492)
ズィリヤーブの功績---楽器・奏法の発達, "ムワッシャハー", 料理, 服飾, etc.
楽器の伝播,音楽の混成〜アラボ=アンダル-ス音楽
グラナダの陥落(1492)以後---北アフリカ(チュニジア, アルジェリア, モロッコ)へ文化を持ち帰る
16c.以降〜20c.初頭
オスマン・トルコ---アラブの版図を支配し、その文化を吸収・発展させた
宮廷でトルコ人, アルメニア人, ギリシャ人, アラブ人, クルド人 etc.などの作曲家が活躍
ジャミル・ベイ, オスマン・ベイ, タチオス・エフェンディ, ニコラキ・エフェンディ, etc.



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■現代における大衆化

口伝から記譜へ---それぞれの特質, 楽譜のversions
教育機関---機会の平等
  メディアの発達と普及---1920年代以降、エジプト音楽黄金時代(レコード・映画・テレビ, etc.)
ムハンマド・アブドゥルワッハーブ, フェリッド・アトラッシュ, ウンム・クルスーム




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