「ル・クラブ・バシュラフ」コンサート~チュニジア・ラシディーヤ伝統音楽研究所にて~ arab-music.com
松田嘉子のエッセー No.20

「ル・クラブ・バシュラフ」コンサート~チュニジア・ラシディーヤ伝統音楽研究所にて~
松田嘉子


dar_rachidia.jpg ほぼ1年前の2013年4月5日、私の属するアラブ古典音楽アンサンブル「ル・クラブ・バシュラフ」(ウード、ナイ、ダルブッカ、ボーカル)は、チュニス旧市街にあるラシディーヤ伝統音楽研究所で、チュニジア音楽のコンサートを行った。もともとはチュニジアで学んだ縁から、それまでもチュニス・メディナ音楽祭に4年連続出演、ハマメット音楽祭、ナブール地中海芸術協会主催コンサート出演など、チュニジアでは数多くの演奏経験を重ね、テレビやラジオにも出演してきたが、チュニジア音楽の殿堂ラシディーヤで演奏することは一つの集大成であり、最高の栄誉でもあった。素晴らしい観客のスタンディング・オーベーションの中で美しい花束や表彰の盾を受け取った。記念撮影の間も賛辞は尽きず、まさに感無量だった。

 ラシディーヤ伝統音楽研究所は、チュニジア伝統音楽の継承と発展、また新しいチュニジア音楽の創造を目的として、1934年に設立された。ラシディーヤという名称は、音楽を愛するあまりに王位を捨てたフサイン朝の王、ムハンマド・ラシッド・ベイに由来する。

 チュニジアでは、モロッコやアルジェリアとも共通するアラブ・アンダルス音楽の流れを汲む伝統音楽を、マルーフと呼んでいる。チュニジアがフランスの支配下に入ってまもない1896年、チュニスにはフランスのコンセルヴァトワールができたというが、伝統音楽を修養する場としては、各地の小さな教団(ザーウィヤ)が中心であった。ラシディーヤはそれに代わる初めての音楽教育研究機関として、多くの演奏家や歌手を育成した。1970年代以降は公私立の様々な音楽院が出来たが、依然として重要な存在であり続けた。ムハンマド・トリーキー、サラーフ・マハディ、アブデルハミッド・ベラルジーヤ、ムハンマド・サアダなど、傑出した音楽家がディレクターの地位に就き、ラシディーヤ楽団は国を代表する楽団となった。80年間、まさにチュニジア音楽を牽引してきたと言ってよい。

 2011年1月、チュニジアはいわゆる「ジャスミン革命」によって、アラブ諸国に波及する「アラブの春」の発端となり、それは芸術や文化の領域にも影響を及ぼした。たとえば高名な歌手たちが、ベンアリ大統領とその一族につながりが深かったとみなされ、弁明を余儀なくされる場面も見受けられた。ラシディーヤでも、まだ数年前にディレクターの地位についたばかりだったズィアド・ガルサがそのポストを降りた。それから3年以上も時が経過した今日から見れば、そうした状況は一時的な混乱であって、結局優れた芸術家たちは革命後も敬愛されているのには変わりないのだが、とかくその時期にはいろいろな分野で権力交代が図られたのであった。

 ラシディーヤは新たなディレクターにムラッド・サクリを選出した。彼は長い間フランスで研究した経歴を持つ音楽家・学者であり、革命後のチュニジアの主要な音楽機関やフェスティバルのディレクターを複数兼任することとなった。革命後のラシディーヤは、それまでの中央集権的な活動を見直し、ビゼルト、スファックスなど、地方に存続して来たマルーフ楽団との連携を強化するようになった。日本人のアラブ古典音楽アンサンブル、ル・クラブ・バシュラフがラシディーヤで演奏の機会に恵まれたのも、むろんそうした動向と無関係ではないだろう。チュニジア人以外の外国人がその舞台に立ったのは、もちろん初めてのことであった。その後、青少年の育成にも力を入れている。より「開かれた」ラシディーヤを目指しているのだろう。

 私たちのコンサートのプログラムに関して、ラシディーヤからの要請は、すべてチュニジア音楽であることというものであった。したがって、マルーフを中心に、ケマイエス・テルナンやムハンマド・トリーキー作曲の歌曲、器楽曲などを選曲したが、私の作曲した「サマイ・ハスィン」という器楽曲も、日本人によりチュニジアの旋法にもとづいて作られた曲ということで、プログラムに加えられ、好評を博したのは大変嬉しいことであった。 

 記念すべきこのコンサートの録音から、「ル・クラブ・バシュラフ・コンサート・アット・ダール・ラシディーヤ」(Pastorale Records)というCDを制作した。今のところ、私たちの公式ウェブサイト(www.arab-music.com)でしか販売していないのだが、コンサートの模様を撮影した関連ビデオや楽曲解説などもアッブしているので、ご興味のある方はぜひご視聴いただきたい。

 ラシディーヤ80周年記念事業でぜひまた協力しましょうと言っておられたムラッド・サクリは、今年になって文化大臣の地位に就かれた。国民からの信頼が厚いのは喜ばしい限りだが、ますます多忙になられたことは間違いなく、その約束はまだ先になりそうだ。



初出は「地中海学会月報」第370号(2014年5月発行)です。若干字句訂正した上で転載しました。

本研究は(独)日本学術振興会による科研費(挑戦的萌芽研究/23652042, 25580028)の助成を受けたものです。


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