アヌワル・ブラヒムの映画音楽 (ある歌い女の思い出、その他) arab-music.com arab-music.com
松田嘉子のエッセー No.7

アヌワル・ブラヒム写真

アヌワル・ブラヒムの映画音楽


アフリカ映画祭97とチュニジア映画特集
 四年に一度のアフリカ映画祭(アフリカ映画祭実行委員会主催)が、97年9月20日(土)〜26日(金)の一週間、吉祥寺バウスシアターで開催され、90年代アフリカ映画を中心に、長・短編合わせて20本以上が紹介された。
 なかでも、アラブ文化関係筋にとっては、チュニジア映画の特集が組まれたことが注目であった。25日(木)にはフェリッド・ブーゲディール監督「ハルファウィン」、ムフィダ・トゥラトゥリ監督「館の沈黙」、モハメッド・ゾラン監督「エサイダ」という長編3本が上映された。

 私はチュニジアでウードとアラブ古典音楽理論を学んだ。そんな縁から、25日のイベントとして、アラブ古典音楽合奏団「ル・クラブ・バシュラフ」によるチュニジア音楽コンサートを行った。メンバーはナイ奏者竹間ジュン、ダルブッカ奏者の藤井良之、そして私である。おかげさまで、映画とともに好評であった。
 チュニジア映画特集は、どれも見ごたえのあるものだったが、そのうち2本「ハルファウィン」と「館の沈黙」の映画音楽を担当していたのが、チュニジアのウード奏者で作曲家の、アヌワル・ブラヒムである。両作品は、それぞれ90年と94年のカルタゴ映画祭長編部門の金賞(グランプリ)受賞作。優れた映画を、優れた映画音楽が支えていることがはよくあるが、この2作品も例に漏れず、あるときは場の雰囲気を作り、またあるときは登場人物たちの微妙な感情を表現して、芸術性を高めているのが、アヌワル・ブラヒムの音楽である。


アヌワル・ブラヒム
 アヌワル・ブラヒムは、1957年チュニス生まれ。国立コンセルヴァトワールに学び、さらにウードの巨匠アリ・スリティに長年師事した。80年代はおもにパリを拠点とし、ジャズを始めとするさまざまなジャンルのミュージシャンと、国際的なコラボレーションを多く経験する。90年代に入ってECMからリリースした4枚のCDは、チュニジアのみならず欧米などで高い評価を得ている。そんな彼は一方で、バレーや舞台の音楽、そして映画音楽の作曲家として活躍している。また、94年にはECM25周年記念コンサートの一環として、来日演奏もした。
 アヌワルとは6年前アリ・スリティのサロンで知り合った。同門ということもあり、最初から打ち解けたものだが、そのもの静かなたたずまいのなかに、なにか特別な存在感を感じたことが印象的だった。


「館の沈黙」
 映画「館の沈黙」の詳しい解説は、映画祭カタログに書いたので繰り返さないが、内容はつぎのようなものである。
 1950年代のチュニジア独立前夜の動乱の時代、封建的な領主の館で働く女ヘディジャと、その娘アリア。アリアは父を知らないが、思春期を迎え、館の主人アリが父親ではないかと思い悩む。母の死後、アリアは恋人ロトフィと一緒に館を出て、歌手になった。映画は、アリアがアリの訃報を聞いて10年ぶりに館を訪れる時点から始まり、過去の回想シーンが、現在と交錯しつつ展開する。
 映画には、92年のアヌワルのCD「コント・ドゥ・ランクロワイヤブル・アムール(不思議な愛の物語)」(ECM1457)から数曲が使われている。これはウード・ソロ曲を中心に、クドゥスィ・エルグネルのナイ、バルバロス・エルキューズのクラリネット、ラスアド・ホスニのベンディールやダルブッカなどとのアンサンブルを加えたアルバム。オスマン帝国時代の宮廷音楽を彷彿とさせ、静謐な気品をたたえている。ル・モンド(フランス)と、リトゥモ(スペイン)の両紙から、同年最良のCDの一枚に選ばれた。
 女たちの悲劇や秘密をすべて呑み込む館の「沈黙」を、いっそう際だたせる、神秘的かつ繊細なウードの響き。また、劇中アリアが歌う歌は、エジプトの偉大な女性歌手、ウンム・クルスーム(1904-75)の歌ではないか。私はすっかり魅了された。


アヌワルへの質問と解答
 アヌワルにぜひいくつか、映画の音楽について質問してみたくなり、ファクスを送った。友人とはいえ、多忙な彼に悪いと思ったが、きちんと返答してくれた。そういう誠実な人柄だ。

-「ハルファウィン」と「館の沈黙」以外に、音楽を担当した映画は?
アヌワル (以下A) 上記の二作以外に、長編では、フェリーダ・ベリャズィドの「ポルト・スュル・スィエル(天上の扉)」(モロッコ、87年)、ヌーリー・ブズィッドの「サボ・アンノール(金の蹄鉄)」(チュニジア、88年)、同じくヌーリー・ブズィッドの「ベズネス」(チュニジア、92年)、「メクトゥブ」(トルコ、97年)、カルスーム・ボルナズの「フィル・ペルデュ(失われた糸)」(チュニジア、97年)などの音楽を作曲した。他に短編も数多く手がけた。

-「館の沈黙」には、CD「コント・ドゥ・・・」から選曲した以外に、とくに新曲を作ったのか。
A この映画のためにとくに書いた音楽は、以下のとおり。ソワレの場面で楽団が演奏するバシュラフ風の楽曲。オリエンタル・ダンスの音楽。愛国歌。ウード練習曲。少女時代のアリアが歌うヴォカリーズ。アリアの病床で友だちのサラ(館の娘)が弾いてみせるウードの曲。

- 随所で映画のテーマによく合っているように思われる、伝統音楽やウンム・クルスームの歌の数々は、自分で選曲したのか。
A ウンム・クルスームの歌を含め、伝統音楽をすべて選曲し、それらの歌や演奏をディレクションした。15才のソニア・ラレッシを見いだし、劇中でアリアが歌うすべての歌を歌わせた。もちろん、これらはみな、監督の同意があってのことだ。

- 映画の中で、体制による抑圧への抵抗として歌われるチュニジアの愛国歌は、実在したのか。誰がつくったのか。
A じつはあの曲は僕が87年に作曲したもの。オリジナル歌詞は、アリ・ルアティがエルサレムのパレスチナ解放の歌として書いたものだった。監督と相談して、この曲を使うことに決め、映画の内容に合うよう、ルアティに頼んで少し歌詞を書き換えてもらった。


 私はまずアヌワルの、映画音楽に対する豊富な経験に驚いた。毎年のように映画音楽を作るというのは、彼のような多忙な演奏家にとってはとても精力的なことだ。しかも、映画評や紹介文を読む限り、彼が音楽を担当した映画は話題作、秀作ばかり。たとえばヌーリー・ブズィッドの「サボ・アンノール」は、拷問場面などをめぐって検閲が入り十数箇所をカット、国内では上映禁止となった。同監督の「ベズネス」は、チュニジアの若い男娼たちを描いた作品。ヌーリー・ブズィッドやムフィダ・トゥラトゥリ、フェリッド・ブーゲディールは、それぞれ互いの監督作品に脚本や編集などの面で協力しあい、競い合うように優れた作品を発表している、気鋭の監督たちである。彼らや彼女たちに、アヌワルは作曲の才能と、豊かな表現力を見込まれ、信頼されているのに違いない。
 実際、彼が「館の沈黙」のために書いたと返答してきた曲のうち、バシュラフなどのアラブ室内楽曲は、古典音楽に対する深い理解と教養がなくては書けないものだ。また、チュニジア当代一流の詩人アリ・ルアティの詩に曲をつけたという愛国歌も、息の長い、格調高いメロディを持つ素晴らしい曲だ。チュニジアではアヌワルを評して、とかくヨーロッパ受けする、伝統的なアラブ音楽らしさの希薄なウード奏者、と批判する向きもないわけではない(多くはやっかみ)。が、こうした曲を聴いていると、けして彼がアラブ音楽の真髄から遠いところにいるわけではないことが分かる。彼がいつも自在に繰り出してくるインプロヴィゼーションも、もともとアラブ古典音楽になくてはならない、重要な要素なのだ。
 またその選曲の趣味からも、彼が伝統音楽を愛してやまず、そのもっとも芳醇な部分を、慈しむようにして映画に用いていることは明らかである。15才のソニア・ラレッシの歌声(少女と大人のアリア役、ヘンド・サブリとガリア・ラクロワの歌を吹替え)は、まだいくらか生硬な感じはあるものの、古典歌謡の微妙な音程やメリスマを表現し、この映画に芸術的な深みを添えている。その登用とディレクションは見事に成功したのだ。


ハルファウィン写真 「ハルファウィン」
 チュニスの下町ハルファウィンを舞台に、少年ヌーラの成長を描いた「ハルファウィン」も、心に残る映画だ。これも、いくつかアヌワルに尋ねてみた。

 ヌーラの役を好演していたセリム・ブーゲディールは、フェリッド・ブーゲディール監督の甥だそうだ。またアヌワルはハルファウィン生まれとのこと。そこに暮らしたわけではないが、親類がおり、近くに住んでいたので(どちらにしてもチュニスの街は小さい)、たびたびそこを訪れたという。
 ちなみにアヌワルは現在、チュニスから少し離れたカルタージュの、閑静な住宅地に暮らしている。95年にはその自宅を訪ねたこともあるが、静かな環境と暖かい家族は、彼の創作に理想的と思われた。その時、出たばかりのCD「ホムサ」(ECM1561)を聴かせてもらったが、彼はフランス人アコーディオン奏者リシャール・ガリヤーノをフィーチャーできたことをとても喜んでいた。このアルバムはまさしく彼がそれまでに手がけた映画や舞台の音楽をリメイクしたもので、前述したヌーリー・ブズィッド監督の「サボ・アンノール」や「ベズネス」からの音楽も含まれている。タイトルの「ホムサ」とは、「ベズネス」に登場する女主人公(女優は「館の沈黙」で大人のアリア役を演じたガリア・ラクロワ)の名前という。タブーに切り込んだ映画に、このように穏やかな美しい音楽を当てたことにも、鋭いセンスが見てとれる。

 さて映画「ハルファウィン」に話を戻すと、随所でヌーラの心の揺れをよく表現しているフランソワ・クチュリエのピアノも印象的だが、何よりエンディング・テーマの「アスフール・スターハ」(「テラスの少年」)という歌が忘れ難い。これはヌーリー・ブズィッドの作詞で、アヌワルが作曲し、自ら歌ったという。「翼を試してみるがいい/彼はもう飛べるはず・・・」ベシール・セルミのヴァイオリンとアヌワルのウードのユニゾンが奏でる軽快なメロディ。アヌワルは、ふだんしゃべる時も少し高いささやくような声が特徴で、いかにも神経の細やかな優しい人柄を感じとれるのだが、この歌には、そのナイーブな声がよく生かされている。彼自身のアルバムはすべてインストゥルメンタルで、せいぜいハミングくらいしか入っていないので、これは貴重な彼の歌の録音と言えるだろう。

 私は「ハルファウィン」の映画音楽もCDにしないのかと尋ねてみたが、今のところその計画はないらしい。むしろ、これから彼がまたどんな新しい映画に巡り合い、どんな曲を作るのか、期待して見守ることにしよう。
 そして、これまでのすべての作品を含めて、日本でも、彼の関わった素晴らしい映画がどんどん紹介され、多くの人に鑑賞されることを願ってやまない。
 アヌワルは近年チュニジア文化省のアドバイザーとして、数々の仕事をこなしながら、音楽や総合芸術のプロデューサーとしての仕事に強い興味を抱いている。彼は私に「近い将来何か一緒に出来るといいね」とよく言ってくれるのだが、なかなかこちらの受け入れ体勢が整わないのが現実である。日本かチュニジア、またはどこかでおもしろいコラボレーションが実現することを願っている。

「ラティーナ」1998年3月号に掲載したものに加筆訂正しました。


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