可愛い魔女カハラマーナ arab-music.com
松田嘉子のエッセー No.5

カハラマーナ写真

可愛い魔女カハラマーナ


 以前にパリのL'Institut du Monde Arabe(アラブ世界研究所)でエジプト映画のビデオを数本買ったが、なかなか見ないでいた。この頃やっと、そのうちの一本を見た。せっかくだから、ここで紹介しよう。
 1949年、バラカト監督のMadame La Diablesse「可愛い魔女カハラマーナ」。主演は歌手フェリッド・アトラッシュと、ダンサーのサミア・ガマル。アラビア語にフランス語字幕。モノクロ115分。(VHS/SECAM 1994Les Films Regent EDV 532)

 エジプトは今でも、映画やテレビドラマの制作でアラブ世界の中心的役割を果たしているが、1930年代から50年代にかけてはとくに、当時の歌手をフィーチャーしたミュージカル映画が作られ、大ヒットした。ウンム・クルスーム、ムハンマド・アブドゥルワハーブ、アブドゥルハリム・ハーフィズなど、一流の歌手がつぎつぎと映画に出演するという、まさに黄金時代だった。現在でも、テレビでしばしばこの頃の映画が上映され、親しまれている。
 この映画のあらすじは、だいたいつぎのとおり。

 劇場のしがない雇われ歌手アスフール(フェリッド・アトラッシュ)は、支配人キシュタの娘で看板女優のアライヤに恋をしている(ミュージカルの中で歌のシーン)。おかしな誤解から結婚を申し込み、舞い上がる(ここで歌)。しかし金持ちのライバルもいて相手にされず、道は険しい。3.000ポンドの持参金も払えないで途方に暮れていると、不思議な老人が現れ、助けてくれるという。
 親友とともに指定された場所へ行くと、魔法のランプがあり、中から愛らしい魔女(サミア・ガマル)が・・・。魔女の名はカハラマーナ、その姿はアスフールにしか見えない。彼女は、アスフールをアシュタロットと呼び、1000年も前から彼を知っていると言いはって、まるで恋人気取り。当惑するアスフール。

 しかし、ともかくカハラマーナの魔法のおかげで、彼には運が向いてきた。キシュタの劇場の真前に新しい劇場を建て、派手なミュージカルを計画する。役者も集まるが、主役の女性ダンサーが必要だ。アスフールが困っていると、カハラマーナは自分が出たがった。「君が?そんなことだめだ!」と言われて、カハラマーナが出現させたのは、スィムスィマという素晴らしいダンサーだった(サミア・ガマルの二役)。アスフールとスィムスィマのコンビで、ミュージカルは大成功!(ここで歌)

 アスフールの劇場に客をかっさらわれ、キシュタの劇場では閑古鳥が鳴いている。そこでキシュタ親娘は、アスフールを手玉にとり、結婚させることで二つの劇場を思いのままにしようとする。親娘の打算にも気づかず、アスフールは、ついにアライヤの心をつかんだと思って有頂天になる。そんなアスフールを見て、カハラマーナはもちろんむくれる。アライヤじゃなく、自分と結婚してくれ、と言う(カハラマーナの踊りのシーン)。一方、なぜかスィムスィマも元気がない。スィムスィマとカハラマーナのキスの味は同じ・・・。  盛大な結婚の宴。しかし、媒酌人が遅れているので、式は始められない。イライラがつのる花嫁とお客たち。じつは、カハラマーナが媒酌人の車を故障させていたのだ。結婚式を目茶苦茶にしたカハラマーナに、アスフールは怒り、とうとう魔法のランプを窓から投げ捨ててしまう。
 老人が、哀れな人間たちを見下ろして言う。帰ろう、カハラマーナ。私たちの国の方がいいよ・・・。

 カハラマーナが去った後、アスフールは落ち込んでいる。失って初めて、カハラマーナを愛していたことがわかったのだ(ここで歌)。不思議な老人は、「運命」だった。カハラマーナ、そしてスィムスィマを探せ!そう、二人は同一なのだ。
 新しい劇の最後のリハーサル中、姿を隠していたスィムスィマが、ついに戻ってくる。手を取り合って踊る二人。しかし、ステージは一転、魔王の支配する世界へ。アスフールは、必死に彼女を連れ出す。魔王も最後は分かってくれる。さあ、もう離さない、本当の愛、本当の幸せを!(ミュージカルの大団円)

 この映画の見どころは、やはり何と言ってもフェリッド・アトラッシュの歌う場面。ウードを弾くところは、残念ながら出て来ないけれど、名曲「再び春がめぐり来て」など、劇中で何曲かの歌を堪能できる。また、サミア・ガマルのオリエンタル・ダンスもじつに華麗だ。そしてイスマイル・ヤスィンの軽妙な脇役が、コメディをもりたてる。
 「千一夜物語」を初めとする、いくつかの物語を下敷きにしたミュージカル・コメディなので、リアリスティックな映画ではないが、それでもカイロという都会の風俗や生活の様子がよく伝わってくる。
 40年代のファッションのことはよくわからないが、登場人物たちは、おしゃれなスーツなどをつぎつぎに繰り出してくる。
 男たちがくつろごうとカフェに入ると、すぐさまテーブルにシーシャ(水パイプ)が運ばれて来る。また靴磨きが先を争って客を取りにやって来る。貧乏人はポンコツ車、金持ちはゴージャスな高級車。楽団やダンサーの呼ばれた、豪華な婚礼の模様なども、にぎやかで楽しい。

 最後に、フェリッド・アトラッシュのプロフィールを記しておこう。
 1914年にレバノンの高貴な家系に出生。1920年、知事として赴任した父に伴われ、家族でトルコへ渡る。1924年、父の急死により、母と4人の兄妹でエジプトへ移住。生活に窮し、母は知人の上流階級宅で歌って、生活の糧を得るようになるが、まもなくフェリッドと、5才年下の妹アスマハンに歌の才能があることがわかる。フェリッドは自作自演、そして唯一ウンム・クルスームに匹敵する美声と絶賛されたアスマハンには、兄の他、ダウド・ホスニー、ミッドハット・アースィムなど、当時一流の作曲家たちが、すすんで曲を提供した。1930年代、40年代、映画の黄金時代とともに二人とも大スターになり、多くの映画に出演したが、1944年、アスマハンは25才で交通事故死する。フェリッドはその後も歌手、作曲家、ウード奏者として活躍、74年に生涯を終えた。

 *写真はVIDEOパッケージ


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